私が走ったフルマラソンは前回で終了です。でもそれ以外に30キロ、ハーフの大会にも参加しています。その中で大阪にわずか10ヶ月住んでいたときに走ったレースをご紹介します。
まず「三田マラソン」です。正式名称はもっと長かった筈ですが忘れました。兵庫県三田市の大会です。確かハーフか20キロだったと思います。この大会には増田明美さんがゲストランナーで参加していらっしゃいました。ゴールした後着替えに体育館に入るところですれ違い、「お疲れさまでした」と声を掛けられて、嬉しくなったことを記憶しています。参加賞は三田米でした。重かったけど持って帰って、寮母さんにあげたように記憶しています。平成5年のことなので、今もこの大会があるのかどうか分かりません。市街地と丘の上の住宅地を走った記憶があります。
次が「枚方リバーサイドマラソン」です。淀川河川敷を走る大会で、これもハーフだったと思いますが、暑かった記憶があります。延々と続く河川敷に嫌になって、すごく疲れて帰ったと思います。今もその時のTシャツがありますが、練習で着たのでよれよれになっています。この経験から河川敷のマラソン大会が嫌いになったのではと思います。
三つ目が「金沢百万石ロードレース」です。前日大阪駅から電車で金沢へ向かいましたが、大阪駅で取引先の方にばったり会って、これから新潟へと聞いて、新潟ですか?と問い直した記憶があります。随分遠い気がしたのです。
金沢へ着いたら市内を歩いてみました。金沢はお菓子で有名なのはご存じですか?記憶は定かではないのですが、お菓子の万博みたいなものが開かれる予定になっていました。その後も度々金沢のお菓子は見るので、金沢のお菓子の知名度を改めて知りました。それと金沢は陶器が有名ですよね。私は久谷焼きの5皿セット、3,500円を買いました。この皿は今でも実家の母親が大切に使っています。前日の夜は金沢名物のカニが入った定食を食べて早々にホテルで寝ました。
このコースは青梅マラソンと同じく30キロの部があり、城跡にある公園から結構田舎に向かって走った記憶があります。折り返してスタート地点でゴールだったと思いますが、記録が良かったようには記憶していません。ただ、このレースには当時有名だった山本佳子選手がゲストとして参加しており、彼女は10キロを走り、細いその姿に感動しました。彼女は今どうしているんでしょうか?
レース後は痛い足を引きずりながら、兼六園の中を見物して帰りました。もうすぐ冬ということで松の枝に綱を張って雪で折れないようにする作業がされていました。
その後、平成17年には金沢工業大学へ求人のお願いに行き、金沢の町に寄ったのですが、町中を歩くこともなく帰ったのは、今でも残念に思います。この百万石ロードレースはもうやっていないと思いますが、もう一度走りたいレースです。
大阪に住んでいる頃走ったのはこの3つだけです。第1回泉州マラソンに参加する予定でしたが、転勤で参加することが出来なかったのも残念でした。当時住んでいたのは大阪といっても堺市浜寺諏訪森で、練習は海岸沿いを走ったり、仁徳天皇陵まで走ってぐるりと周回して帰っていました。長居陸上競技場まで走ったこともあります。
近くのスーパーで働く色の白い女性に片思いしていたのに、声も掛けられなかった短い大阪時代でした。
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